寝かせ玄米アンバサダー

【連載】なべともさんの玄米ごはん屋さんができるまで

寝かせ玄米アンバサダーのなべともさんが玄米のお店を開くまでの過程を綴る連載企画です。

私が住む富山県滑川市の海沿いに、宿場町として栄えた瀬羽町があります。
かつては瀬羽町銀座通りと呼ばれたほど活気に満ちた通りでしたが、近年は空き家が多く昼間でも人影もほとんどなく閑散としていました。

今でも有形文化財が点在し、昔の面影が残る素朴なまちです。
NPO法人まちなみ保存と活用の会が活動しているのを知っていたのですが、通りに面した一件の有形文化財にいつも白いカーテンがかかっているのを車で通るたびに見て、もったいないと思っていました。

人の目に触れさせてあげたい・・・そんな思いで一念発起。
元味噌醤油製造販売の店先を間借りして雑貨店を開いたのが3年前。
と同時に私の中で瀬羽町復活プロジェクトが始まりました。その時には既に雑貨店の次はcafeをと決めていました。

なぜ私がまちづくりにのめりこんでいったのか。もともと古いものは好きでしたが、仕事を通して遺跡や昔話や神社仏閣など、古いものに触れることが多かったこと。市議会をずっとはたから見てきたこと。今だからそう思えます。

寝かせ玄米のことを知ったのも、ちょうど雑貨店を開いた頃か、その少し前だったと思います。すぐに寝かせ玄米炊き方教室に参加し、七号食も体験しました。
肌の調子もよく、自分のベスト体重を維持し、風邪もひかず元気に過ごしていられるのも玄米のおかげだと思っています。そして体が変わったのはもちろんのこと、自分の意識が変わったことも何となく実感しています。こうして前向きに物事に向き合っていけるのも玄米生活のおかげなのかもと思います。

全てはつながっているんですね。

いよいよ飲食のお店をということを意識し始めた時、どうせやるんなら体に良いものを、自分の経験を生かして、元気を届けたいと思ったんです。そんな中、運よく寝かせ玄米アンバサダーに就任し活動しているうちに、結わえるさんの「世の中の食生活を変えたい」という想い、そしてさらには農業問題、環境問題など世界規模、宇宙規模の大きなビジョンに賛同するようになりました。

その想いを私も伝道師として、この小さなお店から発信していけたらと思っています。

2018年12月なべとも

no.1|玄米のお店動き出す

no.2|お店の片付け始まる

no.3|セルフリノベーション

no.4|剱岳

no.5|東京オリンピック

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